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「もの、事物、個別的事件、人物」のリアルな連鎖として抽象的に観念される「歴史」と、「現実・現在」がそこに依拠する根拠としてのアクチュアルな<力としての歴史>とを分けて考えることは必要であると考える。リアルな「歴史」は言わば「死物連鎖世界」である。この「死物連鎖世界」を賦活し「活物」としての「生き生きとした現在」にするのがアクチュアルな<力としての歴史>あるいは<歴史の力>である。このアクチュアルな<力としての歴史>こそが「現存在」がそれに依拠している根拠、言うならば、「現存在」の直下にて「現存在」のまとまりを与えているアクチュアルな”記憶”なのである。P47

問われるべきは主観的時間体験の異常などではない。時間のなかにあると考えられがちなリアルな「いま・ここ」の変容などではない。時間はどのように構成されるのか、という根底的な問いが発せられねばならない。時間のなかの何かがリアルに「不在」であるこっとが問題なのではない。現在の自明な構成と持続の根拠それ自体の<不在>が問われている。p52

— 渡辺哲夫(2005)『二十世紀精神病理学史』ちくま学芸文庫